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 図書館で勉強していた僕は、雑草になった気分だった。

 美しい花を色づかせる木々を見上げてため息をつく、雑草だ。

 ペンを置いて、僕は窓の外の青空を見た。

 夏の日差しを浴びて歩く英美里ちゃんの姿を想像する。

 今の彼女ならばどんな服が似合うだろうか、そんなことを考える。

 自分が着るわけでもないのに女性ものの服をネットで検索して、彼女のデジタル映像姿にその服をデザインしてあげたら喜んでくれるだろうか、なんて考えてみる。

「っと」

 そんなことを考えてる場合じゃない、と僕は机に向き直る。

 勉強しなければ――僕は、木戸や四谷と同じ大学に行きたいと考えていた。

 この澄川高校で出会えた二人の刺激的な思考回路に、もっと触れていたいと思っていた。

 勉強しなくちゃ――そう思いながらも、頭のなかから英美里ちゃんが離れてはくれない。

 僕は苦笑する。

 そりゃあ視覚的に惹かれるのは仕方ない。

 デザインを手伝っている時点で、僕の好みが入るのは仕方のないことだった。

 僕は勉強して、大学に行く。

 木戸も四谷も、それぞれの道を歩いて行く。

 じゃあ――英美里ちゃんは?

 彼女は一体どうなる?

 僕の手が止まる。

 数学の教科書に書かれている問題が、ただの模様にしか見えなくなる。

 そもそもなんで勉強しなくちゃいけないんだ?

 そんなの――勉強して会社に入って金を稼がなければ生きていけないからに決まっている。

 でも。

「……助けたいな」

 勉強して――もしも叶うのであれば、僕の知識、力、経験が、英美里ちゃんの助けになればと思う。

 科学で人を救えると盲信する気はないけれど、科学でなければ救えない人はいると思う。、

 僕が英美里ちゃんを救える保証はないけれど、この世界の誰かがその役目をしなければいけないと思う。

 だって、そんな小さな希望ですら叶わない世界なんて、報われなさ過ぎるじゃないか。

 ――わたしは、うまれてこないほうが、よかったんです。

「そんなことって、あるのかな」

 そんなこと、あるわけない。

 断言したかった。

 英美里ちゃんに向かって、そんなことないって言いたかった。

「勉強しよ」

 僕は、模様にしか見えていなかった数式が、突然超えるべき壁に見え始めたことに気がついた。

「……勉強って、義務じゃなかったんだな」

 どこの地点でそれが起こったのかは分からない。

 僕の中で、何かが切り替わった。

 受験という壁が、超えなければならない義務ではなく、超えることのできる権利に見えた。

 ――試されているのかもしれない。

 このあとゲームするために勉強しようとか、明日漫画を買いに行くために今のうちに予習しておこうとか、そういう理由ほど惹かれない理由もない。

 けれど、英美里ちゃんを救うためだと思った瞬間、急に、僕は自分の目の前に転がっているあらゆる壁が、超えるべき道、掴むべき権利のように思えた。

 これこそ盲信だな、と苦笑する。

 けれど、この盲信は存外心地よい。

 

 僕は、自分の想いを自覚する。

 僕はあの夜、英美里ちゃんの落としたものを抱き留めた。

 だからこそ、この僕が、英美里ちゃんを救わなければならないのだ。

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