天才の最もすごいところは、人生を駆け抜ける速度にあると僕は思った。

「な?」

 四谷が僕らを見回す。

 その手には、英美里ちゃんの声をこの世に具現化するための神器たる携帯電話が握られている。

 思いつくのも早ければ、実行に移すのも早いのが四谷のすごさだった。

「どうやったんだ」

 僕が尋ねると、木戸が横で唸った。

「文字を機械音声に朗読させるアプリケーション自体は結構前からあるからな。それとこの文章作成画面とをセットにしてアプリを作って、この中に入れたんだろう」

「ご名答」

 四谷が満足そうに頷く。

僕は、理科実験教室で先生の手先を見つめる子供のように、すごい、という言葉に埋もれた瞳で四谷を見た。

本当にすごいと思った。

四谷が雄弁に語る。

「アプリケーション自体はフリーでどこにも転がってるよ。時間がかかったのは、この携帯端末に押し込めること。言ってただろ、パソコン持ち歩くわけにはいかないって。これならいつでも英美里ちゃんと喋れるし、アンドロイドOSで通信できるから電話もメールもできる」

 僕はその軽やかな解説に頷くことしかできずにいた。

 木戸が代弁するように言う。

「お前、すごすぎだろ」

「いや、ウェアラブル端末から小型の基盤抜いて、古い端末に移植しただけだよ。大したことはやってない。ちなみにディスプレイも古いまんまじゃ見にくいだろうから、最新機種のに変えといた」

「アリガトウゴザイマス」

 英美里ちゃんの声だ。

木戸が、くすくすと笑い出した。

四谷が口をとがらせる。

「なんだよ」

「いや、せっかくここまでやったのにさ、音声は男なんだな」

「あっ」

 四谷が、しまったという顔をする。

僕もそのことに気がつき、にやりと笑って四谷に言った。

「そうだよ、せっかくなんだから女の子の声にしてあげれば良かったのに」

「ごめん英美里ちゃん、作るのに夢中ですっかり忘れてた」

 僕は四谷の肩を叩く。

「なあ」

「ん?」

「ちょっと提案があってさ。実はさ、パソコンの授業中にちょっと英美里ちゃんと話してたんだよ。で、まだ計画段階で、開発は全然できてないんだけど」

 木戸と四谷が、へえ、という顔をする。

意識してそうしているわけではないが、発見者が僕であるせいか、それともほかの理由があるのか、英美里ちゃんと話す機会は僕が一番多かった。

木戸や四谷が部室に来ない日があるということも影響しているかもしれない。

僕はほぼ毎日部室に入り浸って、漫画を読んだりしているから。

 僕はプロジェクターの電源をつけて、壁にスライドを表示する。

表示されたものを見て木戸が唸った。

「これは、3Dモデリングか」

 ざっくりと人体骨格を描いたような図が表示されているのだ。

「そう。AR技術で英美里ちゃんの実体を再現できないかと思って」

 木戸と四谷の顔が、難色を示した。

木戸が呟く。

「動かせるのか? だって、それを英美里ちゃんが動かすってことだろ? お前、人間にいくつの間接があるか知ってるか?」

「まあ何百あるのかは知らないけどさ、でもその全てを動かす必要はないだろ。例えば首を縦に振るか横に振るか。喜怒哀楽のどの気分なのか。それが再現できただけでも、だいぶおもしろいことになると思うんだけどな」

 四谷も顎に手を当てて考え込む。

「キーボードで文字を打つのすら、人差し指で打ってたみたいな状態だったんだぞ? 複雑化させていったらおもしろそうではあるけど、」

 僕は、二人の反応に少しがっかりした。

好奇心旺盛な二人なら、もっと食いついてくれると思ったのだ。

しかし、僕はまだ諦めない。その根拠があった。

「でも、今の英美里ちゃんは違うだろ」

「まあ、確かに」

二人は、部室に備え付けのキーボードを見る。

ここまで発言はなかったが、数週間、部室で打鍵による会話を続けた結果、英美里ちゃんのタイプ速度は、パソコンに慣れた僕らに追いつこうとするほどの速度になっていた。

「調べたわけじゃないけど、今の英美里ちゃんなら同時に複数のキーを操作できる。それを利用して強弱なんかも調節できるようにすれば、手足、首の操作と表情変化くらいはいけるんじゃないか」

「まあ、おもしろそうな話ではあるな」

 木戸のつぶやきに、僕は追い打ちをかける。

「続きがあるんだ」

 二枚目のスライドを見せた。

それを見て、木戸と四谷の表情が変わった。

スライドに表示されたのは、手袋と、フレキシブル基板だった。

「お前、……バカだろ」木戸が言う。

「うん。俺も今になって久しぶりにこいつをバカだと思った」四谷も言った。

 その発言を聞いて、僕はにやりと笑った。

二人にバカと言われることほど、嬉しい褒め言葉は存在しない。

「グローブに圧力センサーをつけて、英美里ちゃんのARモデリングと連動させるんだ。そうしたら、僕らは英美里ちゃんに触ることができる」

 木戸が、僕の頭を叩いた。

「エロ大魔王めっ!」

「いてっ! そういうんじゃねえよ! 辞めろよ! 英美里ちゃんに勘違いされるだろ!」

「今更過ぎるわ! そこまでして女の子に触りたいかお前は!」

 木戸に叩かれながらも、僕は言う。

「でもさ! これなら、……英美里ちゃんは、好きな髪で、好きな顔で、好きな服を着てだ。それに、四谷が持ってきたアプリを使えば、好きな声で、……生きていけるってことに、なるだろ。それってすごいことじゃないか。まさしく木戸、お前が一番最初に言った、英美里ちゃんの人生を考えるってことに、ならないか」

 木戸が、僕を叩くのを辞めた。

「そこまで考えてるのなら、否定はしないが」

「ワタシモ」

 機械の声が部屋に響く。

男の声だった。

けれど、それはまだ拙いながら、確かに英美里ちゃんの声なのだった。

「ワタシモ、ヤッテミタイデス」

 四谷と木戸を見て、僕は続きを語る。

「英美里ちゃんは、今の自分に後悔はないって言った。だからこそ、僕は思うんだよ。新しい英美里ちゃんを証明するものが必要なんじゃないかって。僕ら三人は、新しい英美里ちゃんを認識してる。だけどそれは絶対じゃない。……絶対になるって保証はないけど、でも何もないって、僕たちが想像できないくらい、とても恐いことじゃないのか。だから僕は、英美里ちゃんの絶対的存在を証明することなんてできないけど、でも依り代っていうか、ここにいても良いんだと思える何らかの根拠を、作ってあげたいんだよ。例えば、メールアドレスがあればゲームをしたりできる。誰かが口座を開いてあげれば、ネットを通じて仕事だって、買い物だってできるだろ? それって、すごいことじゃないか。それと同じくらい、体を作って触れられるようにすることって、意義のあることじゃないのかな」

 四谷が僕の隣に歩いてきて、肩を叩いた。

そして、木戸を見た。

「俺は、こいつの案に乗る。協力するぜ。おもしろそうだし」

 木戸は頭をぼりぼりとかいて、「仕方ねえな」と呟いた。

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