天才とは、無自覚に転機を引き寄せるもののことを言うのかもしれない。

 四谷を見るたびに僕はそう思う。

 四谷のマイペースな空腹によって、僕らは初めてその問題に気がついた。

 英美里ちゃんと会話するには、現状、パソコンがなくてはならないのである。

 木戸がぼそりと呟く。

「別にパソコン持ち歩けばよくね?」

「お前みたいな体力バカと一緒にするな」

 僕は言い放ち、木戸を小突いて睨んだ。

それでは英美里ちゃんは始終木戸と一緒にデートしなくてはいけないということだ。

 そんなのは拷問に等しい。

 なにせ木戸と言ったら、鉄オタで旅行オタで筋肉オタなのだ。

 鍛え上げられた大臀筋は一日中電車に乗るためにあり、鍛え上げられた上腕筋はパソコンやその他デバイスを持ち歩くためにあるのだ。

 木戸がスマートホンを握ると、たまごっちを持ったマウンテンゴリラの子供にしか見えなくて、それだけで初見なら二時間は笑い転げられる。

四谷はマイペースだけれど、鋭いところがある。

確かに緊張したあとだったので甘いものでもと考えた僕らは、英美里ちゃんを部室に置いて購買部へと足を運んだ。

英美里ちゃんがついてきているのかどうかは、パソコンがないので分からない。

英美里ちゃんは自分の意思をパソコンを通してしか発信、出力することができないのだ。

これは人生における重大な制限だと言える。

 長身の四谷と、骨太で筋肉の鎧を持つ木戸。

そして小柄な僕。

科学部の現三年生三人で、揃って歩きながら頭を捻る。

「あのさ」

 四谷が呟き、僕らは四谷の顔を見た。

「ちょっと、思いついた。何日か待ってくんねえ?」

 

                           

 

 高校三年生とはいえ僕らはまだ子供だ。

例えば選挙権がないし酒は飲めないし、何かあるとすぐに親の許可が必要になる。

 けれど僕らなりに突き当たった問題に解決する方法は知っているつもりだし、そうやって壁を乗り越えて行くことが大人になる最短ルートなのだということは知っている。

だから僕らは僕らなりに、問題を解決しようと頑張った。

「どうよ」

 四谷が胸を張る。

 それを囲んでいた僕と木戸から、おおっ、という声が科学部室に上がった。

時間は定例の、午前三時だ。

英美里ちゃん関係の話を放課後にしていると、時々後輩の科学部員が入ってきたりして肝を冷やすので、僕らはこの時間にここに集まることが増えるようになった。

 自慢げに胸を張ったのは四谷だ。

ある意味、四谷は僕らの中で最も科学部らしい頭と腕を持っていると言えるかもしれない。

暇さえあれば電車で二時間以上かけて秋葉原に行ってパーツを漁ったり、ネットで安いハードディスクを買ったりしている。

かと思えば、卒業生が通っている大学に行って研究室を覗かせてもらったり、論文を送ってもらったりということもしており、僕ら三人の中では一番の期待株である。

 四谷が机の上に出したのは、古い携帯電話端末だった。

0から9までのボタンと、リダイヤル機能とかがついてるやつ。

僕らが持っている携帯電話は皆揃ってスマートフォンだったり、眼鏡型のウェアラブルコンピュータだったりだ。

けれど四谷が持ってきたその古い携帯電話は、僕らのためのものじゃない。

 英美里ちゃんのためのものだ。

「箱とボタンはそのまんまだけど、中身は完全改造のオリジナル。アンドロイドOS搭載で電池も最近の長持ちする奴に替えてある。さ、英美里ちゃん、この画面で文章を打ってみて」

 四谷が開いたのは、見た目にはただのメール作成画面だった。

 英美里ちゃんがボタンを押し、『てすと』と打ち込んだ。

僕らはそれを見てにやっとする。

なんともありがちな文章だ。

英美里ちゃんが、文字を変換せずに決定ボタンを押した瞬間だった。

「テスト」

 部室に、声が響いた。

古い携帯電話端末からだ。

声そのものはいかにもぶつ切りな機械音声だったけれど、それは確かに、英美里ちゃんが作り上げた文章であり、声だった。

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