「思ったんだけど服が全部脱げたってことは、今、英美里ちゃんは全裸なんだよな」

 僕は四谷をぶん殴っていた。

「なんで殴るんだよ!」

「お前はそこからどう続けるつもりだったんだ!」

「いや、透明人間って何がどうなって透明なのかなって考えたら、とりあえずいま全裸なのかなって思考に行き着いて、さ」

 僕はもう一発ぶん殴った。

「お前はちょっと黙ってろ」

 僕は四谷を押しのける。

 木戸が分銅を片付けた。

 机の上には秤が用意されている。

「おっし、校正終わったぞ。英美里ちゃん、……ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、よろしく」

 そう――彼女はこれから体重を計るのだ。

 まあ確かにそういう意味では今彼女は一糸まとわぬ姿にあるわけで、女っ気のない科学部男子としては嫌がおうにも興奮してしまうというのもやぶさかではないのだけれど。

 

 けれど、僕らは独りでに荷重のかかり始めた秤を見て、唖然としてしまった。

「……すげえ」

 僕と木戸、そして四谷は三人で同時に呟いていた。

『あの、何がすごいんですか』

 僕らが一番最初に知りたいと思ったのが、体重だったのだ。

しかし女の子にそれを聞くのはどうなのだろうという感情はあった。

 そう、スペックとは、性能のことだ。

 英美里ちゃんがどんな状態なのかを知らなければ、何ができるのか、何ができないのかを考えることもできない。

というわけで、部長の木戸が代表して、英美里ちゃんに種々の計測がしたいと申し出たところ、英美里ちゃんは快くそれを承諾してくれたのだった。

 そしてまず最初に、体重を測定することとなった。

やましい理由なんてものはない。

単純に興味があったのだ。

 そしてその計測結果に、僕ら三人は息を飲んだ。

 木戸が言う。

「二十一グラムとはな、いや、恐れ入った」

 そして、四谷も毒気の抜けたような声で言った。

「全裸っていうか、魂、か」

 英美里ちゃんが、おどおどとした声で言った。

『あの、これが何か』

 僕は、プロジェクターの方を見て言う。

そこに彼女がいるという保証はないが、文字が表示される方をつい見てしまう。

僕は記憶が乱雑に散らばった頭の中をまさぐりながら言う。

「魂の重さは二十一グラムだって、よく言うんだよ。アメリカ人の、ええっと、誰だっけ」

「ダンカン・マクドゥーガル」四谷が即答。

「そう。その博士が、」

「正確には医者だ」四谷の注釈。

「その医者が、死ぬ間際の人と、その人が死んだ後の体重を量ったら、二十一グラムの損失があったっていう実験結果があるんだ」

「正確には四分の三オンス。二十一・二六二グラムだな」四谷の、

「細けえよ!」

 僕は思わずツッコミを入れる。

 僕らが見たとき、電子天秤は二十一・三四グラムを指し示し、それよりも小さな桁は値が振れてしまって計れなかった。

 木戸が、ぶつぶつ言いながら表計算ソフトで作った表に値を打ち込んでいく。

「英美里ちゃんが持ち上げることができた重さは五十三グラムまでか。なるほど、衣服を落とすわけだ」

 四谷が興奮気味に言う。

「分光計とか透過率も測定したいよなあ、流石に普通高校じゃあそんな設備はないなあ。先輩に聞いてみるか。っていうか魂って酸性なのかな、アルカリ性なのかな。粘度測定とかしたくねえ? ねえねえ、魂にこう、粘度測定用の棒をさ、」

 僕は四谷をぶん殴る――お前はいちいち言い方がやらしいんだよ!

 どうしてこいつは検証段階では冷静なのに実験になると急に息が荒くなるんだ。

 そして、木戸が冷静に英美里ちゃんに尋ねる。

「腹減らないの? っていうか視覚とか聴覚とかは。物を押せるってことは触覚はあるの?」

『物を見たりはできません。そこに何かあるな、とかそういうのがなんとなく分かるくらいで』

 木戸が、ここまでの情報をまとめた。

「つまりこういうことか? 透明で限りなく空気に近い二十一グラムの物質で構成されている。透明だから物を見ることができないのは自明だ。空気のように振動するから、音は聞こえるし物に触れることもできる」

 僕は頷いて言った。

「そういうことだろうな、たぶん。運動エネルギーの発生源が分からんが」

 その後ろから、四谷がめげずに叫ぶ。

「ていうか、飯食わずに五十三グラム動かせるって、永久機関になれるんじゃないのか? うっわあそれすっげえ作りたくねえ!? 透明人間永久機関! 俺たちノーベル賞取れるかもよ!?」

 木戸が四谷を押さえ込んだ。流石の四谷も筋肉バカの木戸に押さえ込まれては身動きが取れない。

「待て待て英美里ちゃんの自主性を尊重しろ! っていうかそんな公にしたらやばい、だろ」

 木戸が、言葉を飲み込んだ。

「どうした?」

 四谷が尋ねる。木戸は椅子に座って、真面目な顔をして言った。

「今更だけどさ、これ、もしかしたらすっげえやばい事態かもしれねえんだなって、思った」

「なんでだよ」

 四谷がひょうひょうと尋ねる。

それに対して、木戸の目は厳しかった。

「あのさ、今から言うこと、落ち着いて、冷静になって聞いて欲しいんだけど。……もしも俺がすっげえ悪い奴だったら、まず間違いなく――軍事利用する」

 僕らは、ごくりと息を飲んだ。

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