空から少女以外の全てが降ってきたのは、闇も寝入った午前三時のことだった。

 僕はそのとき、ひそひそと月明かりから逃げるような足取りで校内を歩いていた。
 澄川高校科学部伝統の《監視カメラ回避ルート図》はすっかり頭に入っており、この時間は見回りの警備員もいない。
 だからといって肩をいからせて歩くような度胸は、平均身長に満たない僕の体には残念ながら宿っていない。
 正門前の大通りを肛門が破裂したような音でかっ飛ばしているバイクの存在にびくりと体を震わせながら、僕は部室へのルートを急いでいた。

 ごつん、といきなり僕の頭に何か堅いものが当たった。

「いてえっ」

 僕は頭を抱えてうずくまり、涙目になりながら事態の理解に努めた。
 何かが頭に当たったのだ。
 そこは裏門から部室棟へ続く見通しのよい通路だ。
 木が生えているわけでもなければサッカー部や野球部が使う物干し竿があるわけでもない。
 僕はすぐに、何かが落ちてきて頭に当たったのだと思い当たった。
 立ち上がろうとした矢先、ばさりと頭の上に何かが落ちてきた。

「うひゃっ」

 僕は、去年の文化祭で僕のクラスがやったお化け屋敷を思い出した。
 僕はお客さんの頭の上から湿ったワイシャツを落とす役をやっていたのだ。
 副校長が呼び込みの女子生徒に根負けして入ってきたので、僕は意気揚々とワイシャツを落とした。
 そのとき副校長があげた声と、今、僕があげた声はそっくりだった。

 その後、お化け屋敷から出てきた副校長が、髪の毛を失うという大事件があったものの、それはたぶん僕のせいではないだろう、断じて。

 今、僕は冷静だった。
 僕がまだ一年生だった頃、科学部伝統の《監視カメラ回避ルート図》によくトラップが仕掛けられた。
 そうして、下を向いて歩いていた僕の頭に、よく科学部の先輩たちがトラップとして仕掛けたコンニャクや毛布が落とされることがあった。

 頭に被さったものをどけて上を見るが、何もない。

 僕は頭の上に落ちてきたものを掴んで目の前に掲げた。
 非常灯と月明かりを頼りにそれが何なのかを目を懲らしてみる。

「……なんだこれ」

 ワンピースだった。
 色は暗くて判別できないが、たぶん、オレンジとかピンクとか、そんな色だった。
 ふりふりの奴じゃなくて、大人しい女の子が着てそうなやつ。
 カーディガンも一緒だった。
 僕は下を見ると、地面には女ものの靴が転がっていた。
 ヒール部分が少し高くなってて、……こういう靴をなんて言うのか僕は知らないけれど、ハイじゃないヒール、とでも呼べばいいのだろうか。
 なんかまあ、足の甲が見えるかわいらしい奴である。
 それが落ちてた。

 たぶん、その靴が僕の大切な頭を攻撃したのだろう。

 僕は首を傾げた。一体何のイタズラだろうか。

 女物の服と靴。そして、よく調べてみたところ、なんとなんと、パンツやブラジャーまで、まるまる一セットが落ちてきたのだということが分かった。

 中身は、どこを見ても見つからない。

 少女を描き出すためのギミックのみが僕の手の中にあり、肝心の少女そのものは、どこにもいない。

 どうしたことだろう、と思いながらも、僕は一セットを放置して立ち去るのもなんだか気持ち悪いと思い、それらの衣服を抱えて、文化部の部室棟を目指して再び歩き出したのだった。


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