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 英美里ちゃんの居場所ができた。

 そのことは、僕ら三人にとっても喜ばしいことだった。 当面は、科学部の部室にある木戸の私物ボックスが英美里ちゃんの――携帯電話の居場所になった。

誰かの家に行くかという話も出たが、学校でしか会えないほうが楽しいと英美里ちゃんが言うので、そういうことになった。

 明け方――僕らは三人で並んで自転車を漕ぎながら、学校から家に帰っていた。

明日は土曜日で、僕らはきっと昼まで爆睡するのだ。

 僕は明け方の風を飲み込みながら、呟いてみる。

「でもさ。英美里ちゃんを救うために、透明人間のままで人生どうするとかそういう話、沢山したけど、まだ英美里ちゃんって高校一年生でしょ? 遊びたいだろうな」

「確かにな」と四谷が呟く。

「俺らと遊んで楽しいか?」木戸が言う。

「でも、秘密を共有するのは俺らで良いって言ってたんだぜ?」四谷が言う。

 僕らは信号で立ち止まった。僕は二人に言った。

「僕らが高校生なのって、あと一年だけじゃん。……もっと言えば、僕らと英美里ちゃんが同時に高校生なのって、あと一年だけなんだよ」

 木戸が、いまいちよく分からんという顔をする。

けれど四谷は、なんとなくピンときたような顔で僕を見た。

四谷が僕に尋ねる。

「それで、お前、どうしようってえの」

 僕は、……やる気に満ちあふれているときの木戸のような顔が、僕にもできているだろうかと思った。

拳を握り、二人に言う。

「遊ぼうぜ。英美里ちゃんと。いじめられてたって言ってたじゃん。そうだよ、……自殺を考えるくらい、実行しようとするくらい、苦しかったって言ってたじゃん。それなのにさ、さらにまだ、今後の人生について考えなくちゃいけないとか、苦行だろ。そんなの後でいいじゃん。英美里ちゃんはこれからも遊べるかもしれないけど、……僕たちだって、いつまでも遊んでるわけにいかないだろ。四人で遊ぶにはさ……、今しかないんじゃないのか」

 僕は心の中で呟く。

 そうさ――だって高校生として遊べる時間なんて、もう僅かしか残ってないんだ。

 それどころか僕らはもう少ししたら、大人になってしまうのだ。

 遠いと思っていたその場所に、たどり着いてしまうのだ。

 僕の言葉に、木戸が頷いた。

「遊ぶか。……そうだな。そうしよう。一年使って、遊びに遊んでやろうぜ!?」

 僕と木戸とで拳をぶつけ合う。

「でも、どうすればいいのかな。英美里ちゃん、なにして遊べば、楽しめるかな」

 四谷の言葉に、僕は頭を捻る。

 つと、突然木戸が笑い始めたので、僕と四谷は木戸を見た。

「なんだよ」

 僕が尋ねると、木戸が朝日を見上げて言った。

「いや、……もうすでに、科学部の活動からかけ離れ始めたなと思って。でも、まあ俺ららしいか」

 僕は木戸をさらに調子に乗らせることにした。

「そもそも科学っぽいことしてるときのが少ないしね。活動記録なんかこじつけだし、基本的に僕たち適当じゃん。後輩連中には、部長の木戸からうまいこと言っておいてよ」

「よし、俺たちは受験勉強があるから一足先に引退する、ってのはどうだ」

 木戸のおちゃらけた発言に、僕と四谷は腹を抱えて笑い出す。科学部員が受験勉強のために引退なんて前代未聞だった。しかも受験勉強のために引退しておいて、僕らは一年全て遊びに使おうとしているのだ。バカとしか言いようがない。

「よし、そうと決まれば早速明日、いやもう今日だな!」

 木戸が携帯を取り出して、どこへかけ始める。

「は!?」僕は我が目、我が耳を疑った。

「あ、もしもし、英美里ちゃん? 今日どっか遊びにいかねー!? どこでもいいよ! 行きたいところで! 大丈夫大丈夫! 俺ら寝ないのが仕事だから! 寝る子は育つって言うだろ! それってつまり、寝なければいつまでも子供のままでいて良いってことなんだよ!」

 ――うん、うん、でもさあ……。

そうやって、僕と四谷が呆然と見つめる中、木戸は英美里ちゃんと電話し続け、そして約束を取り付けてしまった。

「今日、俺たちと英美里ちゃんの四人でディズニーランドに行くことになった」

 僕は木戸の襟首を掴んで叫んだ。

「寝る時間ほとんどねえじゃん! つーか英美里ちゃんのこと誰が迎えにいくんだよ!」

「全員でに決まってるだろ。今日の十時に校門前な。そうすりゃ昼には着くだろ」

「十時って夜のか?」四谷がすっとぼける。

「俺が二十四進数で時間を言わないときがあったか?」

 僕と四谷は諦めた。

こういう風に、アドレナリンが出てしまったときの木戸は、何を言っても止まらない。

流石に普段から鍛え上げている人間のフットワークの軽さは違う。

このままでは一人でも英美里ちゃんを連れてディズニーランドへ行ってしまうことだろう。

「あのさ、一つ聞いていいか」

 四谷が手を挙げた。

「なんだよ」

「どうしてその行動力があるのに、お前、女の子にもてないの?」

 木戸は朝の冷たい空気を鼻の穴をたっぷり広げて吸い込むと、叫んだ。

「知らん!」

 木戸がサドルにまたがって自転車を漕ぎ出す。

「そうと決まれば、寝るぞおおおおおおおおおおおおおッ!」

「あ、待てこら!」

 僕らは木戸を追いかける。バカが三人揃って、田舎道を疾走する。

第10話を読む

 天才の最もすごいところは、人生を駆け抜ける速度にあると僕は思った。

「な?」

 四谷が僕らを見回す。

 その手には、英美里ちゃんの声をこの世に具現化するための神器たる携帯電話が握られている。

 思いつくのも早ければ、実行に移すのも早いのが四谷のすごさだった。

「どうやったんだ」

 僕が尋ねると、木戸が横で唸った。

「文字を機械音声に朗読させるアプリケーション自体は結構前からあるからな。それとこの文章作成画面とをセットにしてアプリを作って、この中に入れたんだろう」

「ご名答」

 四谷が満足そうに頷く。

僕は、理科実験教室で先生の手先を見つめる子供のように、すごい、という言葉に埋もれた瞳で四谷を見た。

本当にすごいと思った。

四谷が雄弁に語る。

「アプリケーション自体はフリーでどこにも転がってるよ。時間がかかったのは、この携帯端末に押し込めること。言ってただろ、パソコン持ち歩くわけにはいかないって。これならいつでも英美里ちゃんと喋れるし、アンドロイドOSで通信できるから電話もメールもできる」

 僕はその軽やかな解説に頷くことしかできずにいた。

 木戸が代弁するように言う。

「お前、すごすぎだろ」

「いや、ウェアラブル端末から小型の基盤抜いて、古い端末に移植しただけだよ。大したことはやってない。ちなみにディスプレイも古いまんまじゃ見にくいだろうから、最新機種のに変えといた」

「アリガトウゴザイマス」

 英美里ちゃんの声だ。

木戸が、くすくすと笑い出した。

四谷が口をとがらせる。

「なんだよ」

「いや、せっかくここまでやったのにさ、音声は男なんだな」

「あっ」

 四谷が、しまったという顔をする。

僕もそのことに気がつき、にやりと笑って四谷に言った。

「そうだよ、せっかくなんだから女の子の声にしてあげれば良かったのに」

「ごめん英美里ちゃん、作るのに夢中ですっかり忘れてた」

 僕は四谷の肩を叩く。

「なあ」

「ん?」

「ちょっと提案があってさ。実はさ、パソコンの授業中にちょっと英美里ちゃんと話してたんだよ。で、まだ計画段階で、開発は全然できてないんだけど」

 木戸と四谷が、へえ、という顔をする。

意識してそうしているわけではないが、発見者が僕であるせいか、それともほかの理由があるのか、英美里ちゃんと話す機会は僕が一番多かった。

木戸や四谷が部室に来ない日があるということも影響しているかもしれない。

僕はほぼ毎日部室に入り浸って、漫画を読んだりしているから。

 僕はプロジェクターの電源をつけて、壁にスライドを表示する。

表示されたものを見て木戸が唸った。

「これは、3Dモデリングか」

 ざっくりと人体骨格を描いたような図が表示されているのだ。

「そう。AR技術で英美里ちゃんの実体を再現できないかと思って」

 木戸と四谷の顔が、難色を示した。

木戸が呟く。

「動かせるのか? だって、それを英美里ちゃんが動かすってことだろ? お前、人間にいくつの間接があるか知ってるか?」

「まあ何百あるのかは知らないけどさ、でもその全てを動かす必要はないだろ。例えば首を縦に振るか横に振るか。喜怒哀楽のどの気分なのか。それが再現できただけでも、だいぶおもしろいことになると思うんだけどな」

 四谷も顎に手を当てて考え込む。

「キーボードで文字を打つのすら、人差し指で打ってたみたいな状態だったんだぞ? 複雑化させていったらおもしろそうではあるけど、」

 僕は、二人の反応に少しがっかりした。

好奇心旺盛な二人なら、もっと食いついてくれると思ったのだ。

しかし、僕はまだ諦めない。その根拠があった。

「でも、今の英美里ちゃんは違うだろ」

「まあ、確かに」

二人は、部室に備え付けのキーボードを見る。

ここまで発言はなかったが、数週間、部室で打鍵による会話を続けた結果、英美里ちゃんのタイプ速度は、パソコンに慣れた僕らに追いつこうとするほどの速度になっていた。

「調べたわけじゃないけど、今の英美里ちゃんなら同時に複数のキーを操作できる。それを利用して強弱なんかも調節できるようにすれば、手足、首の操作と表情変化くらいはいけるんじゃないか」

「まあ、おもしろそうな話ではあるな」

 木戸のつぶやきに、僕は追い打ちをかける。

「続きがあるんだ」

 二枚目のスライドを見せた。

それを見て、木戸と四谷の表情が変わった。

スライドに表示されたのは、手袋と、フレキシブル基板だった。

「お前、……バカだろ」木戸が言う。

「うん。俺も今になって久しぶりにこいつをバカだと思った」四谷も言った。

 その発言を聞いて、僕はにやりと笑った。

二人にバカと言われることほど、嬉しい褒め言葉は存在しない。

「グローブに圧力センサーをつけて、英美里ちゃんのARモデリングと連動させるんだ。そうしたら、僕らは英美里ちゃんに触ることができる」

 木戸が、僕の頭を叩いた。

「エロ大魔王めっ!」

「いてっ! そういうんじゃねえよ! 辞めろよ! 英美里ちゃんに勘違いされるだろ!」

「今更過ぎるわ! そこまでして女の子に触りたいかお前は!」

 木戸に叩かれながらも、僕は言う。

「でもさ! これなら、……英美里ちゃんは、好きな髪で、好きな顔で、好きな服を着てだ。それに、四谷が持ってきたアプリを使えば、好きな声で、……生きていけるってことに、なるだろ。それってすごいことじゃないか。まさしく木戸、お前が一番最初に言った、英美里ちゃんの人生を考えるってことに、ならないか」

 木戸が、僕を叩くのを辞めた。

「そこまで考えてるのなら、否定はしないが」

「ワタシモ」

 機械の声が部屋に響く。

男の声だった。

けれど、それはまだ拙いながら、確かに英美里ちゃんの声なのだった。

「ワタシモ、ヤッテミタイデス」

 四谷と木戸を見て、僕は続きを語る。

「英美里ちゃんは、今の自分に後悔はないって言った。だからこそ、僕は思うんだよ。新しい英美里ちゃんを証明するものが必要なんじゃないかって。僕ら三人は、新しい英美里ちゃんを認識してる。だけどそれは絶対じゃない。……絶対になるって保証はないけど、でも何もないって、僕たちが想像できないくらい、とても恐いことじゃないのか。だから僕は、英美里ちゃんの絶対的存在を証明することなんてできないけど、でも依り代っていうか、ここにいても良いんだと思える何らかの根拠を、作ってあげたいんだよ。例えば、メールアドレスがあればゲームをしたりできる。誰かが口座を開いてあげれば、ネットを通じて仕事だって、買い物だってできるだろ? それって、すごいことじゃないか。それと同じくらい、体を作って触れられるようにすることって、意義のあることじゃないのかな」

 四谷が僕の隣に歩いてきて、肩を叩いた。

そして、木戸を見た。

「俺は、こいつの案に乗る。協力するぜ。おもしろそうだし」

 木戸は頭をぼりぼりとかいて、「仕方ねえな」と呟いた。

第9話を読む

 天才とは、無自覚に転機を引き寄せるもののことを言うのかもしれない。

 四谷を見るたびに僕はそう思う。

 四谷のマイペースな空腹によって、僕らは初めてその問題に気がついた。

 英美里ちゃんと会話するには、現状、パソコンがなくてはならないのである。

 木戸がぼそりと呟く。

「別にパソコン持ち歩けばよくね?」

「お前みたいな体力バカと一緒にするな」

 僕は言い放ち、木戸を小突いて睨んだ。

それでは英美里ちゃんは始終木戸と一緒にデートしなくてはいけないということだ。

 そんなのは拷問に等しい。

 なにせ木戸と言ったら、鉄オタで旅行オタで筋肉オタなのだ。

 鍛え上げられた大臀筋は一日中電車に乗るためにあり、鍛え上げられた上腕筋はパソコンやその他デバイスを持ち歩くためにあるのだ。

 木戸がスマートホンを握ると、たまごっちを持ったマウンテンゴリラの子供にしか見えなくて、それだけで初見なら二時間は笑い転げられる。

四谷はマイペースだけれど、鋭いところがある。

確かに緊張したあとだったので甘いものでもと考えた僕らは、英美里ちゃんを部室に置いて購買部へと足を運んだ。

英美里ちゃんがついてきているのかどうかは、パソコンがないので分からない。

英美里ちゃんは自分の意思をパソコンを通してしか発信、出力することができないのだ。

これは人生における重大な制限だと言える。

 長身の四谷と、骨太で筋肉の鎧を持つ木戸。

そして小柄な僕。

科学部の現三年生三人で、揃って歩きながら頭を捻る。

「あのさ」

 四谷が呟き、僕らは四谷の顔を見た。

「ちょっと、思いついた。何日か待ってくんねえ?」

 

                           

 

 高校三年生とはいえ僕らはまだ子供だ。

例えば選挙権がないし酒は飲めないし、何かあるとすぐに親の許可が必要になる。

 けれど僕らなりに突き当たった問題に解決する方法は知っているつもりだし、そうやって壁を乗り越えて行くことが大人になる最短ルートなのだということは知っている。

だから僕らは僕らなりに、問題を解決しようと頑張った。

「どうよ」

 四谷が胸を張る。

 それを囲んでいた僕と木戸から、おおっ、という声が科学部室に上がった。

時間は定例の、午前三時だ。

英美里ちゃん関係の話を放課後にしていると、時々後輩の科学部員が入ってきたりして肝を冷やすので、僕らはこの時間にここに集まることが増えるようになった。

 自慢げに胸を張ったのは四谷だ。

ある意味、四谷は僕らの中で最も科学部らしい頭と腕を持っていると言えるかもしれない。

暇さえあれば電車で二時間以上かけて秋葉原に行ってパーツを漁ったり、ネットで安いハードディスクを買ったりしている。

かと思えば、卒業生が通っている大学に行って研究室を覗かせてもらったり、論文を送ってもらったりということもしており、僕ら三人の中では一番の期待株である。

 四谷が机の上に出したのは、古い携帯電話端末だった。

0から9までのボタンと、リダイヤル機能とかがついてるやつ。

僕らが持っている携帯電話は皆揃ってスマートフォンだったり、眼鏡型のウェアラブルコンピュータだったりだ。

けれど四谷が持ってきたその古い携帯電話は、僕らのためのものじゃない。

 英美里ちゃんのためのものだ。

「箱とボタンはそのまんまだけど、中身は完全改造のオリジナル。アンドロイドOS搭載で電池も最近の長持ちする奴に替えてある。さ、英美里ちゃん、この画面で文章を打ってみて」

 四谷が開いたのは、見た目にはただのメール作成画面だった。

 英美里ちゃんがボタンを押し、『てすと』と打ち込んだ。

僕らはそれを見てにやっとする。

なんともありがちな文章だ。

英美里ちゃんが、文字を変換せずに決定ボタンを押した瞬間だった。

「テスト」

 部室に、声が響いた。

古い携帯電話端末からだ。

声そのものはいかにもぶつ切りな機械音声だったけれど、それは確かに、英美里ちゃんが作り上げた文章であり、声だった。

第8話を読む

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